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天真を養う 第2回

無 事

 栄西禅師が書かれた『喫茶養生記』序文には、「天、万像を造りしに、人を造るを以て貴しと為す。人、一期(いちご)を保つに、命を守るを以て賢しと為す也」とある。天は人を造ることを最も重視したのだから、人は天から授かったその命を大切に守ってこそ賢い、というわけだが、栄西禅師はそれゆえ「喫茶」を勧めるのである。
 茶は「養生の仙薬、延齢の妙術」とも言われ、その苦味が心臓にいいとも伝えている。禅師は宋の国に二度渡ったが、おそらく禅の教えだけでなく、当時の陰陽五行説に従った医学も学んできたのだろう。持ち帰ったお茶の種は肥前国背振山(せぶりやま)に植えられ、また禅師に参禅した栂尾(とがのお)の明惠(みょうえ)上人にも与えられて栂尾にも植えられた。
 やがて栂尾から宇治等に移植されるに及び、栂尾産を本茶と呼び、それ以外を非茶と称したことから、喫してどちらかを当てる「闘茶」の遊びが起こり、茶の湯が広まるきっかけになったとされる。
 そうしてお茶は、次第に茶道という総合的文化体系をなしていく。茶室という建築、露地を含む庭園、道具を作る工芸・美術はもとより、床の間の書や花、身体作法や心くばりなど、あらゆる分野を包摂して鎮まる、それが茶道という文化ではないだろうか。日常茶飯事にこそ真実を求める禅の、嫡流と言うべきかもしれない。
 そこには久松真一先生が仰るように(『茶の精神』弘文堂、1951年)、道徳や哲学や宗教も基盤をなしているのは間違いない。しかしここではそんな高尚な話でなく、本家中国での端的な用いられ方をご紹介したい。
 若き臨済禅師が行脚中のことである。三峰(さんぽう)の平(びよう)和尚のところに立ち寄った禅師は、やや興奮気味に問答を仕掛ける。美文調で難解な言葉ばかり連ねる禅師に平和尚は、「どうもお前さんの問いは高尚すぎるぞ」と窘(たしな)め、「且坐喫茶(しゃざきっさ)」(まぁ坐ってお茶でもおあがり)と言うのである。
 求めたのは薬効ではなく、茶を喫するという行為がもたらす功徳なのだろう。温かい茶碗を口許に運び、立ちのぼる湯気と香りに触れ、ふと「吾に返る」、そんな吾を平和尚は求めたのではないだろうか。自己顕示じゃないと言えるか、問答のための問答になっていないか、振り返って青筋を収め、平常心を取り戻すためのお茶……。
 臨済禅師も時を経てこう語る。「学があると他人を軽蔑し、優劣を争い、自己中心の迷妄に陥り(中略)、地獄行きを増長する。(中略)だからなにより無事平穏、やることもないままでいるのが一番いいのだ」(『臨済録』示衆、入谷義高訳 岩波書店、1989年)「無事」とは全てが己の中に具わっていると悟り、外に何物も求めない閑かな境地のことだ。
 仙厓和尚の「無事」も若き日の我見や妄執に苦しんだ挙げ句の無事である。なにも求めず「無事」に、「ただ」喫(の)むお茶がいちばん旨い。

2021/03/01 墨 269号(芸術新聞社)

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