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文藝春秋2021年4月号 巻頭エッセイ

「除染」の除染

 東日本大震災による福島第一原発の事故以後、新たに世に出た日本語に「除染」がある。それまでは専門家しか使わなかったはずだが、今では哀しいことに誰もが知る言葉になってしまった。
 ある辞書によれば、除染とは「被曝により皮膚や衣服や機器などに付着した放射性物質を取り除くこと」とあるが、おそらく多くの人々が思い浮かべるのは土壌の除染ではないだろうか。困難で長引くため、すっかり耳や目に馴染んできたはずである。
 除染の基準を巡ってはいろいろと揉めた。もともとICRP(国際放射線防護委員会)の基準が、二段構えになっていたからである。つまり、事故収束後の「復旧期」には空間線量が年間20mSv以下のなるべく低い線量を目指し、「平常時」には年間1mSv以下を被曝限度と定めていた(2007年勧告)。政府としては「復旧期」との認識で話を進めたかったのだが、住民避難の目安が年間20mSv以上だったから、PTAが黙っていなかった。
 小学校の校庭の除染基準を巡って多くの人々が声を上げ、遂には当時内閣官房参与だった小佐古敏荘氏が泣きながら会見し、除染基準は「年間1ミリ以下」という方向にほぼ確定した。後に小佐古氏は、「本当は年間五㍉以下くらいが妥当だと考えていた」と述べたようだが、落花枝に戻り難し。それ以後は、この年間20mSv以下と、1mSv以下という基準が、双つながら生き続けていくことになったのである。
 思えば除染作業というのは、じつに不思議な作業である。現状では危険だと感じた住民が家や庭の除染を頼むわけだが、そこにやってくる作業員たちは別に特別な防護服を着ているわけでもない。
 危険手当の未払いがあちこちで問題になったが、実際作業員たちに訊いてみると、彼らがさほど危険な作業と思っていないことが判る。要するに彼らは年間20mSv以下だからと安心し、住民側は1mSv以上だから危険だと感じているのだ。この二重基準のゆえに除染という作業が成立しているのである。
 国が決めた除染の長期的な目標は、「年間の追加被曝線量が1mSv以下」というものだが、元々の環境放射線量を知らないのだから「追加」分などわかるはずもない。しかも年間1mSvを超えないためには毎時0.23μSv以下という数字を導いたのだが、この場合も人が外にいる時間を一日8時間と仮定して計算している。今どきは農業者でもそんなに外にはいない。
 とにかく子供たちや大人にも、実測してもらって確かめようと考えたのが伊達市や我が三春町だった。数年継続してガラスバッジを付けてもらい、居住地の線量と実際の被曝量の関係を調べたのである。その結果、毎時1μSvの土地に住んでいても、年間被曝量は1mSv以下になることが判った。しかもそれは、追加分ではなく、現状でのトータルな被曝量なのだ。
 2018年6月、東京で開かれた放射線審議会では、これらのデータを元に基準(毎時0.23μSv以下)を変更するかどうかが議論された。そして最終的には、「混乱を招くから」変更しないと決めたのである。根拠のない間違った数値が生き残り、今後同じような事故が起こった場合に更なる混乱を招くのは間違いないだろう。
 一方で政府は、帰還困難区域の残る富岡、大熊、双葉、浪江、葛尾、飯舘の六町村で「特定復興再生拠点区域」を定め、住民が戻れるよう直轄除染を進めている。その地区の避難指示解除要件の一つが「線量が年間20mSv以下」である。「20mSv以下になったから戻ってください」と、アナウンスせよと言うのである。福島県民がどれほどややこしい境遇にあるか、ご理解いただけるだろうか。
 仏教的に見れば「染心(煩悩に染まった心)を除く」のだから悪い言葉じゃないが、政治にまみれ、嘘で糊塗されたこの言葉こそ、まずは除染すべきではないだろうか。

2021/03/10 文藝春秋

タグ: 東日本大震災