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日曜論壇 第124回

見えない世界

 遠く離れた海の向こう、「見えない世界」で戦争が続いている。やがて戦争の影響は、物価という「見える世界」に現れはじめた。
 日米同盟を防衛の基軸とするこの国は、この戦争を仕掛けたアメリカとどうつきあうのか、「見える世界」での対処も含め、政府は今後難しい判断を迫られるだろう。
 そんなことを考えていた三月十一日、大阪の新御堂筋の橋梁の下に突然ニョキッと突き出たものがある。昨日までそこは何もないアスファルトの地面だったのに、なんと直径3.5メートルの鋼鉄製のパイプが13メートルも突き出たのである。真上の高架幹線道には届かず負傷者もいなかったものの、「見えない世界」の突然の出現に、私など思わず竹の子を憶いだした。しかし竹の子と違い、こちらは成長したわけではなく、単に見えなかっただけ。遠い湾岸ばかりでなく、吾々はすぐ足許の地下のことも殆んど知らないのである。
 大阪は、昔から「水の都」と言われ、特に梅田界隈は湿地帯で、梅田という地名の由来も「埋め田」だったらしい。その豊かな地下水の浮力が、今回相当重い鋼鉄管を押し上げたのである。
 当然、埼玉県八潮市で昨年起こった道路の陥没事故も憶いだした。トラック運転手が落命したのは、人間が作りだした奈落である。この国は、東日本大震災以後「国土強靱化」を掲げているが、強靱化とはどうするつもりなのだろう。本来の水脈を無視してとにかく分厚いコンクリートで固め、大小の管を通せばそれでいいと思ってはいないだろうか。だとすれば水の力を侮(あなど)り、大地を虐(しいた)げすぎではないか。
 水脈の途絶による地下水流の変化を案じ、リニアモーターカーの開通に難色を示す知事もいたが、残念ながら今はもういない。皆、経済発展や効率という「見える世界」の繁栄のみに躍起である。
 しかし大地という「見えない世界」は生きているのである。木の根やそれに絡みつく菌糸などが、地下深くまで水や空気を運び、吾々に井戸水を提供する。所かまわず木を伐り、水脈を分断すれば大地そのものが生きてゆけなくなる。死んだ土地に人は生きられないのだ。
 福島第一原発が日々苦労しているのは主に地下水の処理である。デブリのある建屋に流れ込んだ水(汚染水)を処理し、敷地内のタンクに保管するわけだが、凍土壁でも水の流入は止めきれず、毎日百トンを遙かに超える処理水が出ている。
 金子みすゞは「星とたんぽぽ」で、昼間の星や冬のたんぽぽの根の存在に注目したが、それを受ければこんな歌が浮かぶ。
「土の中にも網の目の 水や空気や菌糸たち 命を育む血管は 静かに流れて目に見えぬ 見えぬけれどもあるんだよ 見えぬものでもあるんだよ」。大地に優しい、新しい土木が生まれることを切望してやまない。
 

2026/03/22福島民報

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