お墓と「治山」「治水」
(エッセイ・ 2020/8/7 )

 人は誰でも死ねば墓地に埋葬される。法律ではそう規定されるのだが、このところその「墓地」の輪郭が緩んできたのを感じる。海や山や宇宙にまで拡がると同時に、都市部ではロッカー型の仏壇のような施設も黙認されている。  こうした […]

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お墓の変化
(エッセイ・ 2019/6/9 )

 先日、岩手県の一関市へ出かけてきた。祥雲寺さんが始めた樹木葬墓地が二十周年を迎えるため、記念講演を頼まれたのである。  思えば墓地は、時代によってさまざまに変遷してきた。今は「○○家之墓」という棹石(さおいし)に法名碑 […]

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墓地共用のすすめ
(エッセイ・ 2010/6/13 )

 このところ、島田裕巳氏が『お葬式は、要らない』(幻冬舎新書)を書き、一条真也氏が反論として『お葬式は必要!』(双葉新書)を書くなど、お葬式をめぐる状況の変化が俄かに注目されている。  私の立場で「必要」だと申し上げるの […]

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お墓とお骨のゆくえ
(エッセイ・ 2003/10/31 )

 カッコウの場合、モズやホオジロやオナガなど、ほかの鳥の巣に卵を産みつけてしまう習性がある。托卵というのだが、だいたいは仮親の卵より先に孵るため、カッコウの雛は本来そこで孵るべき卵を巣から押しだしてしまうらしい。  人間 […]

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