うゐの奥山 第21回

食材偽装とブランド信仰

 食材偽装があちこちのホテルや飲食店、果てはデパートでも次々と発覚している。まず思うのは、「どうして発覚したか」だが、やはり理不尽に辞めさせられた元従業員のような人々を想像してしまう。リストラへの「恨み」が、告発の背景にありはしないだろうか。
 発覚した組織の会見では、意図的ではなかった、という言い訳が多いようだが、たとえば「誤表示」でも、表示より高価な材料を使ったという例は、私の知るかぎり皆無である。そこには、客を騙してでも利幅を広げようとする企業としての暗黙の了解があったように思える。
 お隣の中国の話だというなら分かる。それならべつに驚きもしないけれど、ここは「誠」の国、日本のはずである。この国のモラルも、地に落ちたと言うべきだろう。
 むろん、こうした事態が引き起こされたもう一つの背景には、我々市民の側の闇雲なブランド信仰という要因もあるに違いない。
 たとえば全国米食味分析鑑定コンクールというものがある。今では外国からの応募もあるため、「世界大会」と銘打っているのだが、昨年総合部門で「金賞」を獲得した十五点のなかに、「南魚沼産コシヒカリ」は一点も入っていない。いや、じつは昨年だけでなく、一昨年も上位を占めたのは群馬県、長野県産が多かった。「南魚沼産コシヒカリ」の「金賞」受賞は五年前まで遡らなくてはならないのだ。
 それでもマーケットにおけるブランド力は圧倒的で、人は競って「南魚沼産」を買うし、「伊勢エビ」を欲しがるし、「松阪牛」や「神戸牛」を大枚払って買い求めるのである。
 グッチなら偽物でもいいと割り切って廉く買う人はともかく、本物と信じ、「やっぱり○○○は、ひと味違うね」などと味も分からず喜んでいる人は、もしや偽装した企業に嗤われているのだろうか。
 「味も分からず」と書いたが、味ほどあやふやなものはないと思う。二つ並べて食べ比べるならまだしも、ブランドものを高級店で食べたと思っていたのだから、充分ご満足いただけたのではないだろうか。
 むろん、だから偽装した側を許そうと申し上げているのではない。ただ、何年も前まで遡って弁償すると言われても、当時のレシートを探して持参する人が果たしてどれほどいるのか。そう考えると、明らかに店側の「だまし得」かとも思える。しかし本当は、ホテルや店やデパートそのもののブランド力は暴落したはずだから、大損ではないか。失った信用はいくら払っても買い戻せない。
 さて今晩の夕食は、と食卓に向かうと、いつもどおり名もない頂き物が大半を占める。銘柄ではなくくださった個人の顔を思い浮かべ、ただただありがたくいただくばかりである。

2013/12/31 東京新聞ほか掲載

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