傾聴する僧侶

 昔は「旅の坊主に地侍」と言われた。僧侶は余所で生まれ育った人のほうがよく、侍は地縁血縁などをフルに利用するため土地の人のほうがいい、ということだろう。僧侶はどうしてその土地の人でないほうがいいのか、何度か考えたことがある。
 以前は、幼い時の狼藉(ろうぜき)や悪童ぶりを知られてないほうが、法衣(ほうえ)を着けても振る舞いやすいのではないかと思っていた。実際、子供の頃の呼び名で「四郎」などと呼ばれ続け、ちっとも僧名で呼んでもらえず、困っていた老僧が身近にもいた。しかし最近は、どうもそうではないような気がしてきた。
 この仕事をしていると、とにかく檀家さんの話を聞く機会が多い。昔のように、戦争体験を語る人はもういないが、それでも入院、手術、怪我、ときには借金生活のことなど、主に困ったときの話をよく聞かされる。
 檀家さんに限らず、ご主人が亡くなった直後にお寺を訪れ、数年経ってからお礼に来られた方もいる。「あのとき話を聞いていただき、あの言葉を下さったお陰で今日まで元気に生きてこれました」などと感謝されるのだが、じつのところ何を言ったのかは覚えていない。
 たいていは相手が一方的に語り、こちらは頷きながら「そうですね」「それは困りましたね」「なるほど大変ですね」などと答えるうちに、相手が勝手に答えを見つけていくのである。
 阪神淡路大震災以後、世の中に「傾聴」という仕事あるいはボランティアが生まれてきた。東日本大震災の後は、僧侶たちも「傾聴ボランティア」の講習などを受けるようになった。しかし考えてみると、傾聴こそが僧侶の重要な仕事なのではあるまいか。頷き、同慶し、同悲する、それだけで人は、大いなる安らぎを得るのではないだろうか。
 そういえば能でも、よく「諸国一見(いちげん)の僧」というのが登場する。世阿弥の夢幻能にもよく出てくる。前歴も分からず、詳しい個性もよく分からない。ただはっきりしているのは、その土地の人ではないから、事件そのものにも噂にも触れていないし、何の先入観ももっていない、ということだろうか。たぶん僧侶に普遍的に期待されるのも、そういうことなのだろう。
 舞台の片隅に坐り、表情も変えずにただひたすらシテの話を聴いている。何の役にも立っていないかに思えるが、じつはそのような傾聴者がいることで、シテの苦悩や恨みが晴れ、ときには成仏さえも叶うのではないだろうか。
 世阿弥の傍にはいつもそのように、話を聴いてくれる僧侶がいたのだろうか。本物の「傾聴僧」ならば、いつでも「諸国一見の僧」のように振る舞えたのかもしれない。

2014/05/26 観世流機関誌「観世」

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