共鳴する福島のリアル
(論評・ 2020/6/26 )

 芥川賞作家であり福島県三春町福聚寺住職でもある著者の新作である。東日本大震災をテーマとした短編集『光の山』で二〇一四年に芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、以来四年、著者久々の長編小説だ。物語は若い僧侶・宗圭が京都での修行を […]

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「変化を見詰める心」~新刊「なりゆきを生きるー『うゐの奥山』つづら折れ」
(論評・ 2020/6/22 )

 変化が激しく、想定を超えた出来事が次々と起きる現代をどう生きるか。三春町の芥川賞作家玄侑宗久(福聚寺住職)は、新刊「なりゆきを生きる-『うゐの奥山』つづら折れ」に東日本大震災後から現在までの心模様を率直につづっている。 […]

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無為自然と運命開拓の両行
(論評・ 2020/6/8 )

 2012年4月から7年半、新聞に掲載されたエッセー集。福島県三春町にある臨済宗福聚寺(ふくじゅうじ)住職の著者は、東日本大震災直後に父を亡くし、原発事故被災者のケアに携わりつつ、寺の改修工事を行い、復興構想会議の委員や […]

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マレーシアでの「同期」
(エッセイ・ 2019/3/31 )

 先日、年に一度だけの休暇旅行で夫婦でマレーシアに行ってきた。震災後しばらくは海外に興味が向かず、たいてい国内の離島や温泉が多かったのだが、なぜか急に行ってみたくなったのである。  べつに、マハティール氏が九十二歳で首相 […]

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恋と放射能汚染が迫る選択
(論評・ 2018/3/3 )

二〇一一年の東日本大震災の津波で両親を亡くした青年が、葬儀をしてくれた一人の僧侶の澄んだ「氣(き)」に感動して弟子入りを志願する。三年後、出家して宗圭(そうけい)と名を変えた彼は、新米住職となって福島県の過疎地にある「竹 […]

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破局が生んだゆらぎ――玄侑宗久『竹林精舎』
(インタビュー・ 2018/1/10 )

慶應での学生生活 玄侑さんは慶應の中国文学専攻ということで、まず最初に慶應義塾での学生生活の思い出をお聞きしたいと思います。 大学時代は物を書きたいという気持ちがちょうど高まっていた頃です。当時、生き方に迷っていてそれを […]

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無熱の慈しみ
(エッセイ・ 2017/10/31 )

 北朝鮮のミサイルが止まらない。核実験も続いている。九月十五日朝のミサイルは、襟裳岬上空を通りながら三、七○○kmを飛んだ。最早明らかにグアム島も射程内である。  韓国では同じ頃、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が地対地弾 […]

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こころの好縁会
(エッセイ・ 2017/8/31 )

 正確には覚えていないがおそらくここ数年以上、「こころの好縁会」と銘打った講演や対談の催しに毎年招かれている。主催が岐阜県の大興寺(だいこうじ)さんと中日新聞社であるため、これまでは中部地方で開催されることが多かった。岐 […]

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南山に雲起こり……。
(エッセイ・ 2016/11/30 )

 禅語に、「南山に雲起こり、北山に雨下(ふ)る」という言葉がある。辞書によっては「雲を起こし」「雨を下(くだ)す」と訓じているが、これは中国語独特の表現であくまでも自発。他動詞的に訳すと余計な意味が付着する。  そんなこ […]

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さらば、ニャン太郎!
(エッセイ・ 2016/9/30 )

 お盆になると、子供の頃からいろんなことが起こったものだ。東京オリンピックの年に二匹の猫が貰われてきたのもお盆前。またその後に飼ったナムという柴系の雑種もお盆に境内に捨てられた犬だった。近所の人に拾われたスピッツは同じく […]

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