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オリンピックと原発
(エッセイ・ 2013/10/6 )

 9月9日早暁、2020年のオリンピック開催地が、東京と決まった。長年、誘致の努力を重ねてきた人々もいたのだから、その喜びは想像もできる。しかし、「250キロも離れている」福島県民としては、複雑な心境である。  いま、県 […]

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さすけねって
(エッセイ・ 2013/10/1 )

 このところ、わが三春町では「さすけね」という方言がはやっている。いや、本当は、特にはやっているわけではないと思うのだが、なぜか今年の町のPRポスターに「さすけね」の一言が大書されたのである。  標準語の「差し支えない」 […]

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高橋亨平先生の思い
(エッセイ・ 2013/1/27 )

 1月22日、南相馬市の原町中央産婦人科医院院長、高橋亨平先生が亡くなられた。  震災後にも病院を離れず、産科に限らずあらゆる人々の医療に心を砕いてこられた。ご自身が震災後に発がんされ、厳しい治療を続けながらの必死な診察 […]

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金輪際
(エッセイ・ 2012/12/27 )

 禅は六道を、完全に心の旅路として捉える。地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間(じんかん)、天は、いずれ誰もが経験する心の在り方だというのである。 「人間(じんかん)」はもともと、人と人との間だから、世間というような意味あいだっ […]

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仮設のSさん
(エッセイ・ 2012/11/25 )

 このところ、三春町の仮設住宅に住む富岡町や葛尾村の方々とおつきあいがある。  昨年の十二月にお寺の「もちつき大会」にご案内を出し、大勢の方々と知り合ったのだが、その後もいろんな機会にお目にかかって親しくなった方々も多い […]

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全国の線量調査結果
(エッセイ・ 2012/9/23 )

 福島県内各地の放射線量については、県民なら大抵は把握している。しかしそれが全国各地に比べてどうなのか、となると、皆目分からない人が多い。  どうしてか知らないが、文科省などは全国各地の放射線量を発表しない。そこで三春実 […]

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もう、理屈ではなく
(エッセイ・ 2012/3/1 )

 原発をどう思うのか。その問題に、理屈は要らなくなった。理屈ぬきに、駄目である。  まるで身内や恋人を徴兵で取られようとする女性のような物言いだと思われるかもしれない。「君、死にたまふことなかれ」与謝野晶子の文章にも、感 […]

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原発とTPP
(エッセイ・ 2011/11/6 )

 どうにもふざけた話が持ち上がっている。環太平洋経済連携協定(TPP)である。当初はシンガポール、チリ、ブルネイ、ニュージーランドなど小国が提携することで市場での競争力を上げようという試みだったわけだが、昨年10月以降、 […]

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「裸の王様」と、次の王様
(エッセイ・ 2011/9/4 )

 八月二十六日午後、私は郡山市にあるNHK文化センターで『方丈記』の話をしていた。世の中進んだもので、その講座はNHKのカメラを通し、ユーストリーム(Ustream)で全国に配信された。NHK文化センター本社からはツイッ […]

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“閉じる社会”も大事 適正規模の生活守れ
(インタビュー・ 2011/8/26 )

 今の社会は市場経済が隅々まで行き渡り、大規模なシステム化が進んでいる。農業も例外ではない。工業製品と同じ感覚で消費者からは、均質な農産物が求められている。大量にできると、質に関係なく価格が安くなる。一部には有機野菜への […]

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福島・三春町だより 青々として悲し
(エッセイ・ 2011/8/10 )

 風評とは、根拠の希薄な噂話のようなものだ。普通は「人の噂も七十五日」といって、あまり気にしないよう促すことが多い。どうして七十五日なのかと考えると、たぶん季節が変わるからだろうと思う。要するにそれだけの時間が過ぎれば、 […]

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情報による被災
(エッセイ・ 2011/7/1 )

 世の中にはじつに様々な情報が流れている。むろん、我々には見えなかったり聞こえなかったりする周波数があるように、情報として認識されるのはそのごく一部である。  東日本大震災直後の津波やそれによる被災地の映像などは、テレビ […]

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