花を弄すれば
(エッセイ・ 2020/2/10 )

 「花を弄(ろう)すれば香り衣に満つ」という禅語がある。もとは唐の詩人于良史の詩「春山夜月」の一節だが、禅の世界では時に作者の意図を超え、人生上の意味を込めて使うことが多い。ここでは、花に囲まれ花に触れていれば衣類に芳香 […]

続きを読む…

さすらいの「縁起」
(エッセイ・ 2020/1/1 )

 どうやらここで私に期待されている役割は、本来の「縁起」の意味を提示することらしい。つまり「良い」とか「悪い」とか、挙げ句は「担」がれたりもする縁起だが、そもそも縁起とはいったい何なのか、そのことをご期待に沿うべく書いて […]

続きを読む…

南山に雲起こり……。
(エッセイ・ 2016/11/30 )

 禅語に、「南山に雲起こり、北山に雨下(ふ)る」という言葉がある。辞書によっては「雲を起こし」「雨を下(くだ)す」と訓じているが、これは中国語独特の表現であくまでも自発。他動詞的に訳すと余計な意味が付着する。  そんなこ […]

続きを読む…

ないがままで生きる
(書籍・ 2016/1/5 )

出版社 SBクリエイティブ
発売日 2016/1/5
価格 800円+税
ISBN 9784797384802

石は軟らかい?
(エッセイ・ 2015/4/30 )

 世の中には、「ひょん」なことで人生が大転換したりする人がいるものだが、先日もそれを感じる機会があった。  沼津生まれの白隠禅師を顕彰する「白隠フォーラム」での講演を終え、私はその翌日、同じ沼津市で石彫りに励む従兄の寺を […]

続きを読む…

巻頭墨跡「風流」
(エッセイ・ 2015/1/8 )

 すでに十一世紀には白雲守端(しゅたん)禅師が禅語として用い、「風流ならざる処もまた風流(不風流処也風流)」と言った。どんなに無様(ぶざま)な事態に陥(おちい)っても、やがて揺らいで重心を取り直し、「ゆらぎ」そのものを風 […]

続きを読む…

八風吹けども
(エッセイ・ 2014/5/31 )

 春一番、二番と、風を数える。また三寒四温と言いながら、本格的な春の日を待ち焦がれる。特に北国では、南のほうの梅や桜の開花情報を横目に見ながら、ゆっくりと桜前線が北上してくるのを待っている。やたらといろんなものを数えてし […]

続きを読む…

さすらいの仏教語
(書籍・ 2014/1/24 )

出版社 中央公論新社
発売日 2014/1/24
価格 800円+税
ISBN 9784121022523

キャンベル先生!
(エッセイ・ 2013/5/31 )

 世の中には本当に凄い人がいるものである。  二月にテレビ番組収録のため、ロバート・キャンベル氏を迎えたときのことだ。玄関に立ったキャンベル氏は、通常日本人でもほとんど読めない衝立の文字を、すらりと読んだ。別に私が質問し […]

続きを読む…

禅と仮想
(エッセイ・ 2006/1/10 )

 なぜだろう、茂木さんの書かれるものは、すんなり腑に落ちる。  ご本人には心外かもしれないが、たぶんそれは、文学的だからというだけでなく、仏教的あるいは禅的だから、かもしれない。  今回茂木さんが手にした鉗子(かんし)は […]

続きを読む…

トップへ戻ります