エッセイ
「知と愛」~若き葛藤を包み込む息づかい~
(2007年2月15日 月刊 本の時間掲載)
再会の読書 ヘルマン・ヘッセ「知と愛」 若い頃、まだ修行に行くまえの私は、宗教と文学との間で揺れていたと、最近は人に話す。しかし冷静に考えると、そのような振り子みたいな迷いではなかったような気がする。 図書館分類学の […]
日曜論壇 第16回 約束
(2007年1月28日 福島民報掲載)
人はさまざまな約束をしながら生きている。明日の約束もあれば、死ぬまでにきっと、という誓いのようなものもある。キリスト教圏には神との契約という考え方があるが、これだって約束の一種に違いない。 人はなぜ、約束するのか。そ […]
日曜論壇 第15回 母から子への手紙
(2006年11月19日 福島民報掲載)
毎年、猪苗代町が主催する「母から子への手紙」コンテストの審査に関わっている。これはアメリカ留学中だった野口英世に宛てて書かれた母シカさんの手紙に因み、母が子を想う切々たる慈愛の気持ちを現代日本で掘り起こしたい、という主 […]
映画「手紙」劇場用パンフレット掲載 「手紙」……塀を越えた、血潮の奔流
(2006年11月3日 「手紙」劇場用パンフレット掲載)
このところ、刑事犯罪を犯した人々の社会復帰が難しい世の中になりつつある。むろん犯人を取り巻く周囲の人々にも、差別を含んだ一段と厳しい眼差しが向けられる。そこでは個人の尊厳などよりも、防犯意識のほうが優先され、今や街のあ […]
仏教者が読んだ「美しい国へ」
(2006年10月10日 文藝春秋掲載)
安倍新内閣を採点する 文春新書『美しい国へ』を読んだ。こういう形で自分の考えを事前に提示する総裁が、これまでいたのかどうか寡聞にして知らないが、考えようでは、これは劇場型政治のあとの、脚本家あるいは演出家政治の始まりか […]
月刊文庫文蔵掲載 禅といろは
(2006年10月4日 月刊文庫文蔵掲載)
「いろは」と禅 現在の子供たちは、小学校に入るとまず「あいうえお」を習う。昔はそれが「いろは」だったわけだが、「いろは四十七文字(いろは歌)」で平仮名を覚えた人々はすでに九十歳以上になってしまった。 それでもかなり多 […]
「戦略経営者」掲載 中小という美徳 小さいからこそ可能なこと
(2006年10月1日 戦略経営者掲載)
発達心理学者のプレマックによれば、大中小という三区分はともかく、人間には大きさを見分ける能力が生得的に具わっているらしい。生得的に、というのは、つまりそれに見合った体験によって学習するのではなく、まさに新品のPCに初め […]
日曜論壇 第14回 無鉄砲と、鉄砲
(2006年9月17日 福島民報掲載)
この夏、二人の青年がお寺に別々に訪ねてきた。一人は滋賀県から、もう一人は埼玉県からだ。なぜ二人を一緒に語るのかというと、二人とも自転車でやってきたのが新鮮だったからだ。 埼玉県の十九歳の青年は、じつは去年一度訪ねてき […]
無宗教による追悼?
(2006年8月28日 教育新聞掲載)
このところ我が国では、外圧に耐えかねたのか、靖国神社を無宗教の追悼施設に作りかえようなどいう意見まで出てきた。いったい無宗教でどうやって追悼するのか、教えていただきたいものだ。 まず祭壇に代わるものをどのように作り、 […]
アレンジに期待
(2006年8月21日 きょういくEYE掲載)
この四月から、校長先生や教頭先生による先生方の評価が始まった。先生方の質の低下を防ぐため、その評価によっては再教育なども考えているらしい。しかもその際、先生方自身にも自己評価させ、それも参考にすると云うのだが、いったい […]
高提祖印
(2006年8月17日 週刊シルクロード紀行掲載)
浙江省の天目山(てんもくざん)という山に、日本で云う鎌倉時代の中期、アジア全域から学生を集めた優れた教師がいた。中峰明本(ちゅうほうみょうほん)という臨済宗の禅僧である。 敢えて教師と書いたのは、当時日本や朝鮮半島、 […]
この夏、日本をもっと知るための50冊
(2006年8月17日 週刊文春 夏の特大号掲載)
「危うし!小学校英語」 鳥飼玖美子 文春新書 「無思想の発見」 養老孟司 ちくま新書 「徒然草」 兼好法師 岩波文庫他 「つれづれ」なる時間の重さ 最近、鳥飼玖美子さんが書かれた『危うし!小学校英語』(文春新書)は、今 […]
