エッセイ
日曜論壇 第91回 花を弄すれば
(2020/02/09 福島民報掲載)
「花を弄(ろう)すれば香り衣に満つ」という禅語がある。もとは唐の詩人于良史の詩「春山夜月」の一節だが、禅の世界では時に作者の意図を超え、人生上の意味を込めて使うことが多い。ここでは、花に囲まれ花に触れていれば衣類に芳香 […]
中央公論新社 中公文庫「養生訓」 解説 自愛の作法
(2020/1/21 中央公論新社 中公文庫「養生訓」 解説掲載)
私は以前、『養生訓』を中心にさまざまな養生法について考える本を書いた(『養生事始』清流出版、二○一二年)。きっと今回はそれゆえの依頼だろうから、その本にまつわる話から始めたいと思う。 サブタイトルは「自愛の手引書」と […]
「みんなよくなれ 鳥獣りは」書評 喪失から創作へ
(2020/01/15 理学療法ジャーナル掲載)
一級建築士として活躍していた村越さんは、近所の公園でジョギング中に脳出血を起こし、入院生活を余儀なくされる。六十歳という働き盛りのことでもあり、そのショックは大変なものだっただろうと推察する。 この本は、村越さんが五 […]
特集 縁起を担げ さすらいの「縁起」
(2020/1/1 UCカード会員誌 てんとう虫掲載)
どうやらここで私に期待されている役割は、本来の「縁起」の意味を提示することらしい。つまり「良い」とか「悪い」とか、挙げ句は「担」がれたりもする縁起だが、そもそも縁起とはいったい何なのか、そのことをご期待に沿うべく書いて […]
日曜論壇 第90回 覇権のゆくえ
(2019/12/08 福島民報掲載)
どうしても年の瀬になると、この一年を振り返ってしまう。なんといっても令和への改元が最大の画期だが、「令和」は大正新修大蔵経に百五十九カ所も登場する。しかもそのうち九十二カ所が「令和合」、つまり和合せしむる意味である。 […]
「悟り体験」を読む 大乗仏教で覚醒した人々 書評 悟りと未悟
(2019/11/28 新潮社 波 2019年12月号掲載)
珍しいテーマの本である。いわゆる「悟り」についての学問的研究書。なるほど仏教はインドの昔から、いわゆる覚醒体験を重視してきた(BuddhaはBudh〖目覚める〗の過去分詞)。特に私の所属する臨済宗はその念入りな承認(印 […]
虫愛づる科学者
(2019/10/25 中村桂子コレクション第4巻第3回配本の月報掲載)
昔から、格好いい方だと思ってきた。最初はテレビに出ていた白衣姿やその美貌の影響が大きかったかもしれない。「生命科学」という素敵な言葉も、中村先生の肩書きで初めて知ったような気がする。 最初にお目にかかったのは二〇〇六 […]
日曜論壇 第89回 烏賊と原発
(2019/10/06 福島民報掲載)
私は六十三歳だが、近ごろ驚くほど体質が変わったような気がする。何より好きじゃなかった烏賊(いか)が食べられるようになり、いやむしろ旨(うま)いとさえ思うようになった。どこか深いところで宿年の拘(こだわ)りが解けたのだろ […]
日曜論壇 第88回 瑞西の歌声
(2019/08/04 福島民報掲載)
七月下旬、福島市の音楽堂で「ふくしま復興支援コンサート スイス国と共に」と題した大がかりなコンサートが行なわれた。当初は私が理事長を務める「たまきはる福島基金」主催の予定だったのだが、福島市がスイスのホストタウンになっ […]
日曜論壇 第87回 お墓の変化
(2019/06/09 福島民報掲載)
先日、岩手県の一関市へ出かけてきた。祥雲寺さんが始めた樹木葬墓地が二十周年を迎えるため、記念講演を頼まれたのである。 思えば墓地は、時代によってさまざまに変遷してきた。今は「○○家之墓」という棹石(さおいし)に法名碑 […]
日曜論壇 第86回 使わせてもらってます
(2019/04/14 福島民報掲載)
中国と日本の関係は特別である。大まかに言えば、十五、六世紀までの日本は、中国からさまざまな文化・文物を取り入れ、独自のアレンジを加えながら日本化してきた。文字はその代表的なもので、仮名というアレンジ作品は産みだしたもの […]
柔弱という強さ
(2019/04/10 月刊PHP掲載)
性格が強い、弱い、というのは、どうも分かりにくい。一般的には、自分の思いや主張を何が何でも通そうとするのが「強い」のだろうし、困難ならすぐにでも変化させるのが「弱い」のかもしれないが、本当にそうだろうか? 道場の先輩 […]