論評
玄侑の著作への書評などを掲載します。
ビールと味噌煮込み
(2013年11月21日 東京新聞掲載)
文壇のパーティーで玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さんを見かけた。ごちそうを召し上がり、手にはお酒のグラス。初対面だが、こうしたとき余計な一言をつい発したくなる。失礼ですが「葷酒(くんしゅ)山門に入らず」ではないのですか […]
怒りと祈りの光源
(2013年9月7日 新潮掲載)
東日本大震災のあと、あまりの惨状に文字通り絶句して、何ひとつ書けなくなった作家や詩人を私は何人も知っている。人類が解決できない放射能が拡散しつづけていて、家と家族と職業を奪われ苦しみ悲しむ被災者がいて、いまだ行方のわか […]
怒り、無念、祈りはやがて物語へ
(2015年8月31日 波掲載)
あの混沌と切迫のなかから作家はなにを感じ取り、どう振る舞い、誰に向かってなにを伝えようというのか。 被災地の外にいるわたくしたちも、震災と津波と原発事故の衝撃を身体からきれいに振り切るなんてまだまだ無理だ。振り返るこ […]
カマキリとウマオイの間
(2013年7月7日 文學界掲載)
福島に住まう作家・玄侑宗久が「東日本大震災以後、切実な現実の推移のなかで綴った」(あとがきより)小説集だ。全部で六篇を収める。「あなたの影をひきずりながら」「蟋蟀」「小太郎の義憤」「アメンボ」「拝み虫」そして代表作「光 […]
とり返しのつかないことを ─玄侑宗久『祈りの作法』
(2012年7月27日 波 2012年8月号掲載)
福島県三春町に一禅刹を守る作家が、原発災害とたたかいつつある、中間報告である。 講演、ルポ、日記(三月十一日から六月二十八日まで)の三章からなり、どういう順序で読んでもよくて、右の逆順が分かりやすいかとも思うが、私は […]
心の不思議 三重人格の妻
(2010年1月9日 読売新聞掲載)
講談社は日本最大の出版社。みんなも数々のマンガや雑誌などで、きっとおなじみだろう。その講談社が昨年十二月に創業百周年を迎(むか)えた。めでたいことである。創業時のスローガンは「おもしろくて、ためになる」だったという。ぼ […]
多様な人格持つ人間存在の闇
(1970年1月1日 日本経済新聞掲載)
妻、実佐子の中にもう1人の女性がいる。知彦は、いつもの控えめな妻ではなく奔放で、底意地の悪い女性の出現に驚く。彼女は、肉体は実佐子そのものであるにもかかわらず「あたしはあいつじゃないわよ」「トモミよ」とうそぶく。精神科 […]
「多重人格」題材に人の無意識を描く
(2009年11月27日 週刊朝日掲載)
仏教啓蒙の仕事を旺盛に続けている著者の、作家としての実力のほどを窺わせる本格的な書き下ろし長編小説である。 めっぽう面白い。息を継ぐ暇もないほどの展開と、構成の妙に酔わされる。俗にいう「多重人格」、現在では「解離性同 […]
テルちゃん
(1970年1月1日 本が好き! 今年読んだ『最高の一冊』掲載)
すべての生き物の中で、感情的な涙を流すのは人間だけだという。 ものの本によると涙にはエンケファリンという物質が含まれていて、これがじつは天然の鎮静剤なのだとか。つまり人間は感情が昂(たか)ぶったとき、泣くことによって心 […]
テルちゃん
(2008年12月1日 介護保険情報掲載)
これまで介護を扱ったさまざまな作品を読んできたが、そこには介護をめぐる困難さや苦労がつきものであった。介護とは苦痛を伴うものであり、できれば避けて通りたいというイメージは多くの人が抱いていると思う。 玄侑宗久氏の『テ […]
龍の棲む家
(2007年12月14日 日刊ゲンダイ 週間読書日記掲載)
上野でフィラデルフィア美術館展をやっているというので、身支度を調えて前傾姿勢で出かけていった。どうして前傾姿勢だったかというと、館内でレンタルできる音声ガイド(イヤホン式)の声が、檀れいさんだと新聞広告に書いてあったか […]
龍の棲む家
(2007年11月18日 日本経済新聞掲載)
父親に認知症が始まったと兄から知らされた幹夫は、実家に戻って父親と暮らし始めた。 働き盛りの男が仕事を捨てて介護に専念しようと決意するには大きな葛藤があろうと思うが、小説はそういう心理的背景には立ち入らない。また、父 […]